心に突然できる「悲しみスペース」

文:いなちゃん

目次

そう、死別は悲しい。とても悲しい、でも悲しいだけにするのはもっと悲しい

大切な人を失ったとき、

心の中に、ぽっかりと大きな空間が生まれます。

それは、穴が空いてしまったような感覚で、

暗くて、深くて、どこまでも落ちていきそうで。

最初は怖くて、見たくもないし、触れたくもない場所です。

でも本当は、そこに触れたい。

会いたいから。思い出したいから。

その場所を、私たちは「悲しみスペース」と呼んでいます。

最初はあまりにも大きくて、

開くたびに涙が溢れて、

時には怒りや、どうしようもない感情に飲み込まれることもあります。

人は悲しみの中で、

拒否や怒り、抑うつを行き来しながら、

少しずつ現実を受け入れていくと言われています。

※悲しみのプロセスには、

「拒否・否認」「怒り」「取り引き」「抑うつ」「受容」という5段階があるとされており、

精神科医の エリザベス・キューブラー=ロス によって提唱されました。

それでも、何度もそのスペースを開いていくうちに、

不思議なことが起こります。

涙を流したその場所に、

少しずつ、小さな花が咲いていくのです。

思い出がよみがえったり、

その人の言葉にもう一度救われたり、

「ああ、こんなに愛されていたんだ」

そして「愛していたんだ」

と気づいたり。


悲しみスペースを開くたび、涙とともに花が咲く

涙とともに、花が咲く。

その繰り返しの中で、

いつしかその場所は、ただ暗くて苦しいだけの空間ではなくなっていきます。

最初は怖くて触れることもできなかったのに、

少しずつ、開くことができるようになり、

やがて、ほんの少しだけ、開くのが楽しみになる瞬間も訪れます。

気づけばそこは、

悲しみだけではなく、

たくさんの愛や、あたたかな記憶で満たされた場所になっているのです。

そして不思議なことに、

その「悲しみスペース」自体は、

決して小さくなっているわけではありません。

ただ、そこに向き合い続けた分だけ、

私たち自身の心が広がっていく。

人として、少しずつ大きくなっていくことで、

あんなにも大きく感じていた空間が、

前よりも小さくなったかのように、穏やかに感じられるようになるのです。

その人のことを思い出そうとする時間は、

きっと、この「悲しみスペース」をそっと開く時間でもあります。

どんな人生を歩んできたのか。

どんな言葉を残してくれていたのか。

どんなふうに、愛してくれていたのか。

ひとつひとつ思い出し、言葉にしていくその過程で、

閉ざしていた場所に、また小さな花が咲いていく。

無理に癒そうとしなくてもいい。

前を向こうとしなくてもいい。

ただ、思い出していく。

ただ、言葉にしていく。

それだけで、少しずつ、確かに変わっていくものがあります。


悲しみは小さくならない。でも、人は大きくなっていける

悲しみは、なくなるものではありません。残念なことに。

でも、ずっと悲しいだけのままでは、それはもっと悲しいのです。

大切な人との別れは、誰にとっても避けられないものです。

その一方で、私たちはその先をどう歩めばいいのか、教わっていません。

その悲しみの奥に

確かに有る「愛」を

私たちは「読める形見」として残していこうと決めました。

死別を悲しいだけにしない。

思い出し、記録し、読まれることで、

その人生は次の誰かを支え続けると信じています。

読める形見 コラム