はじめまして。
社団法人読める形見代表の、いなちゃんと飯室佐世子です。『読める形見』は、故人の思い出を集めて作る一冊の本です。この本を作ろうと思ったのには、たくさんの理由があります。
身近な人の死は、とても悲しい。でも“悲しい”だけで終わらせるのは、悲しいと思ったのです。
死と向き合い、受け入れて、いなくなった後もずっと故人を愛し、故人からの愛を感じて生きていく。そのために『読める形見』が必要だと思いました。
誰よりもまず、私たちがそうでした。
今日は二人で『読める形見』ができるまでの話をしたいと思います。
もう生きられないと思ったけれど、父の本を作ることで救われた。

いなちゃん:初めてさよさん(飯室)と会った時に、お互い父の死を経験したことを話したんだよね。
飯室:ずびずび泣きながらね。
いなちゃん:その時話してくれたのが、さよさんの会社で『人生のベスト盤』という、個人の自叙伝的な本を作る事業をしているっていう話。それで私、「亡くなった父の本を作りたい!」と思って。
飯室:いなちゃんに言われるまで、“故人の本を作る”という発想はなかったよ。そもそも『人生のベスト盤』はその人の生き様を、自分語りで後世に残すための本。だから本人がいなくなったらつくれないと思い込んでたけど、家族や友人、周りの人たちの声を集めて思い出をまとめれば、故人の本が作れるって気が付いた。
いなちゃん:それで父の本ができた時に自然と出てきたのが、「これ、“読める形見”だね」っていう言葉。
飯室:これが、そのままサービス名になったんだよね。
いなちゃん:私、父の本を作ったことで、命が救われたんだよね。父は私の人生の全てで、全力で追いかけていた背中で、守りたい存在でもあって。もう本当にいなきゃ困るものだった。母は私が7歳の時に亡くなっていたから、父だけがずっとそばにいてくれた。食事の時には母の写真を食卓にのせて、「みんなでご飯だ!」とか言っちゃうような、大きな愛を持っている人でね。
飯室:うんうん。
いなちゃん:だから父が亡くなった時、私にはもう子供も生まれてたんだけど、結構ちゃんと考えて「やめよう」と思っちゃってて。生きることを。ずっとその気持ちに取り憑かれてた。でも本を作り始めて、姉弟といとこであの日を振り返ったり、父の同僚に話を聞いたりしていたら、知らなかった父を知ることができて。父の死と向き合うことができた。それで正気に戻ったというか。それに改めて父のことを振り返ったら「こんな素敵な人の血を絶やしたらいけない」と心から思ったんだよね。
飯室:私にとっては、身近な人の死は父が初めてで。実感が湧かないくせに、胸の奥底におっきな穴が空いたような、どこか一部を無くしたような、底知れない悲しさがあった。こんなに辛いのかと実感する一方で、これから私の周りの友達も全員、こんな思いをするのかと思うと、それだけで辛くなった。『読める形見』は遺された人たちが、この先も生きていくために必要なものになれたらいいと思う。
いなちゃん:私にとって『読める形見』は、父と再会できる場所にもなっていて。本って手触りのある“物”だから、父に会いたくなった時に開くし、こうしてただ抱えてることもあったりする。この本があることで、父をすごく近くに感じることができてるよ。

自分に見せる顔と、他の人だけが知っている顔。その全部を集めて残したかった。
いなちゃん:父のお葬式は自社でプロデュースして、パーティみたいな楽しい会にしたんだけど、たくさんの人が見送りに来てくれたんだ。そこで初めて聞く父の話がとっても多くてね。「私が全然知らない父がいるんだな」って知った。兄弟、友人、同僚、みんなそれぞれに父との思い出を持っていて。
飯室:私の時もそうだったなぁ。父は晩年、大学の教授をしてたから、生徒さんがたくさんお別れに来てくれてね。でもその葬儀の時は気もそぞろだから、あまりよく覚えていなくて。皆さんが私たち家族に伝えてくれたこと、ぜんぶ録音して、記録しておけたらよかったのにとすごく思った。
いなちゃん:そうだよね。家族や周囲の人たち、たくさんの人から写真やインタビューを集めて『読める形見』を作ったことで、いろんな父の姿をみんなで共有できるようになったのは、すごく良かったと思う。
飯室:『読める形見』作りは、故人の知られざる姿を集める作業でもあるかもしれないね。私ね、人間関係の中で、家族が一番難しいと思っていて。近いからこそ伝わらない、伝えられないこともある。月並みな言葉で言うと、素直になれないというか。そのせいで、たとえば職場では部下にすごく慕われているとしても、家族の中では疎まれてたりするかもしれなくて。それはすごく残念だし、一番身近な家族にこそ、故人の想いやストーリーが伝わることってすごく大事だと思う。私は父のことをもっとわかっていたらなという後悔が残っているからさ。
いなちゃん:『人生のベスト盤』を始めたのも、お父さんの死がきっかけの一つだと言っていたよね。私は父の本があることで、子どもたちにも父の生き様を伝えられるのがうれしいの。それはきっと将来、彼らの御守りになるはず。「自分にはこの人の血が流れているから、こういう生き方をしてるんだな」って誇りに思えると思うし、さまざまな選択を迷わなくなるんじゃないかなって。
飯室:きっと10代、20代、30代と、何度読んでもその年齢によって違う部分が響くだろうね。亡くなった人を思い出す時、天国にいるその人の足元に花が咲く、という話がとても好きなんだけど、『読める形見』を開くたびに故人を思い出すことができるのもいいなと思う。
いなちゃん:そうだね。このまえ担当させてもらったお葬式でも「人が本当に死ぬ時というのは、みんなに忘れ去られた時だと聞きます。どうか父のことを忘れないでください」ってご遺族の方が言ってたよ。天国にたくさん花を咲かせられる本を作りたいね。
死別の悲しみは小さくならない。でも悲しみだけじゃなく、一緒に生きていけるものにする。

飯室:社団法人読める形見には「死別を悲しいだけのものにさせない」というタグラインがあって。
いなちゃん:そう。死別は悲しいの。もう絶対的に悲しいし、自分の中に大きな穴が空いてしまって、その形は変わらなくて、小さくもならない。でもちゃんと死と向き合って、自分が人間として大きくなれたら、その穴は小さくなったように感じられるかもしれない。
飯室:『読める形見』を作ることは、思い出を掘り起こすだけじゃなく、故人との別れを受け入れる時間を作ることでもあるよね。私は父が亡くなった時、周りについていけなかった。亡くなって、お葬式もひと通り終わって「じゃあ後は各々で生きていってください」って終わっちゃうのが、なんだか変じゃないかなって思った。もうちょっと話そうよ!って。そんな気持ちだったから、本を作るプロセスと時間が必要だったと思う。
いなちゃん:作ることも読むことも、すごくグリーフケアになる。実は私、まだ母の死を受け入れられていないのね。30年くらい経つけれど、いまだに母のことを思い出すと心が「駄目だ」ってなる。母の箱を開けることができなくて、それが今もずっとずっと辛くて。父の時は頼むから同じようなことにならないで!って自分の中で願ってた。父の本を作ったからこそ、私はこの先何度も父のことを思い出すことができるし、みんなで父の話をして笑い合えるようになったよ。これが、“心の中で生きている”って感覚だと思う。
飯室:お父さんの本を見た親戚や周りの人の反応はどうだった?
いなちゃん:親戚はもちろん、父の教え子さんたちも「増刷してほしい」とか「貸してほしい」って言ってくれる。自己満足の本だと思ってたから驚いたよ。みんなそれぞれの形で父を想っていて、心に残しておいてくれてるんだなと思うと、本当にうれしかった。
あなたの話を聞く準備ができたので、『読める形見』を始めます。

いなちゃん:私たちが、非営利型一般社団法人という形でこのプロジェクトを立ち上げたのは、ビジネスにしたくなかったから。もちろんボランティアではないけれど、『読める形見』を作ることは、営利目的では絶対できない。
飯室:私たちは『読める形見』を、文化として根付かせたいと思っているんだよね。
いなちゃん:お墓を建てることと同じくらい、人の死は悲しいだけのものじゃないという概念を根付かせたい。そのために『読める形見』を作りたいと思ってる。
飯室:死別はすべての人が必ず通る道だし、なにより大切な人が亡くなってしまった後も、私たちは生きていかなければいけない。だから、ちゃんと受け入れるために、残しておきたい。もちろんとても辛いだろうし、すぐには故人の話をする気持ちにはなれないかもしれない。タイミングは人それぞれだけど、私たちはいつでも話を聞く準備ができていると思う。
いなちゃん:『読める形見』は私たちにしか作れないと思う。私はウェディングをプロデュースする時も、いつか死ぬ日を見据えて作っている。新郎新婦が亡くなった後、後世にどう伝えていくかというところまで、いつも考えてプランニングする。それは自分が早くに身近な人の死を経験しているからだと思うんだ。私たちは二人とも、父の死を経て、それを悲しいだけのものにしないことで、今日までちゃんと生きている。身を持ってそれを証明できる。
飯室:大切な人の死を迎えた人の気持ちに寄り添う。共感だけじゃなくて、フラットに受け入れる。
いなちゃん:きっと何が出てきても動じないと思う。ちゃんと受け入れるだけの器ができたから、このプロジェクトを始めたんだもんね。安心してみなさんの話を、してもらえたらいいな。きっとその思い出と一緒に、生きていけるようになるから。
